ザグレブ 観光スポット

ザグレブはみどころ沢山、クロアチア共和国の首都です。

町の人口約79万人、周辺を入れて百万人以上の都市です。ザグレブはクロアチアの行政、経済、文化、商業、科学の中心地です。ザグレブ市は、ザグレブ郡から離れた特別自治体都市です。

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ザグレブの名前が初めて記載されたのは、1094年で、司教区が設立されたときです。当時は、教会区域のカプトル丘集落と住民の集落グラデツ(上の写真)がありました。

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下の町からグラデツ、今の名前ゴルニィグラド(上の町の意)へは、世界一短距離66メートルのケーブルカーがあり、55秒で上れます。ケーブルカーは、1890年に建設され、はじめは蒸気でした。ケーブルカーは、クロアチア語でウスピニャチャと言いますが、よく故障したので、ザピニャチャ(歯止め、爪、止まって動かないの意)と呼ばれたりしました。

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ゴルニィグラド(アッパータウン)のケーブルカー駅付近に、シェスティンスカ ノシニャという、美しい民族衣装を着た、きれいな女性がみやげ物を売っています。写真を取ることができます。ほんの気持ちで5クナぐらいあげるといいと思います。お土産も買えます。

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中世には、ゴルニィグラドに入る門は、それぞれの方角に四つありましたが、形がよく保存されて残っているのは、この石の門です(写真上)。石の門は、ザグレブにおいてとても重要なところで、最も神聖なところだと思います。伝説によると、1731年の火事で、町がほとんど燃え、門も燃えた時、住居の物が燃えて灰になったところに、聖マリア様の絵が燃えずに残っているのが発見されました。奇跡が起こったので、その絵は、入り口の祭壇に飾られました。住民が、ここで祈り、多くの願いが聞き入れられたので、感謝の気持ちを込めて、大理石の板に“聖母マリア様、ありがとうございます!“ と書いて、壁に貼り付けました。学校の試験の時期やスポーツ大会があるときは、いい結果を願って、祈る人の数が増えたりします。

Zagreb

上の写真は、ザグレブのメインのバン イェラチッチ広場にある、マンドゥシェヴァツ泉です。伝説によると、中世の十字軍で、戦場から戻ってきた騎士が、のどが渇き、美しい娘マンドに、“マンド、ザグラビ ヴォデ。(水を汲んでくださいの意)“と言ったというところから、町の名前が、ザグレブになり、泉の名前が、マンドゥシェヴァツになったそうです。

クロアチア言語研究所やクロアチア歴史研究所によると、話はもう少し興味深いです。ムルミチ ラドイカ教授は、マンドゥシェヴァツの語は、二つの言葉、マンダとシェヴァツ(セックスする人の意)から成ると言います。歴史研究所の歴史家は、ザグレブ司教区の13世紀の記録に書かれている事件を見つけました。1291年の記録によると、十字軍の騎士は、マンダと知り合い、二人は情熱に身を任せてしまいました。住民に見つかり、マンダは火刑に処され、騎士は、十字軍騎士ということで、火刑にはなりませんでしたが、大聖堂の牢獄に死ぬまで鎖に繋がれていました。二人が情熱に任せたところが泉のそばだったので、泉の名前がマンドゥシェヴァツになったそうです。

ザグレブの素晴らしいところをご案内いたします。ご連絡を下さい!

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